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    ヤマヴィカ映画史24

    November 11, 2017

     

    (写真:撮影風景・遠藤彰と筆者・2016年パリ)

     

    丁度、「写真集のような映画を撮ろう」と思った頃、写真家の遠藤彰と知り合った。

     

    彼の写真を見せてもらうと、随分と好みの写真を撮っていて嬉しくなった。

    彼は、写真を撮り続けていると映像にも興味が出てきたというので、

    さっそく短篇『沼』(1999)を初めて8ミリカメラで撮影してもらう。

    写真を撮る眼差しの力とでもいうのか、

    映像への焦点のあわせ方に力強いものを感じた。

    そして、余白のバランスが心地好かった。

     

    それから、「私」にとって初めてとなるモノクロームの、

    8ミリフィルムTri-Xを取り寄せ、撮影してもらったのが『PUZZLE』(2001)である。

    彼は本来、写真家であるので、映像とは別に写真もずいぶん撮っていただく。

    自家現像してもらったのを私がコピーで4倍くらいに拡大して映像化し、編集した。

    映像としてFIXで撮るのではなく、写真を映像的に撮ることで、

    その間(あわい)の気配をねらった。

    一寸違う、そのちょっとのことを確かめたかったのだ。

     

    そこで、思い出した。

    「映画」に目覚める以前、友人が、彼の兄の影響で写真を撮り、

    自家現像したものを見せてもらった。

    その写真はそれまで見たことのない、これが「写真」かと思わせるものだった。

    彼の周りにも、幾人もの自家現像する写真を撮っている人達がいて、

    その写真の自由な印象が「私」を魅惑した。

    さっそく道具を揃え、現像の仕方を教えてもらい、

    仕事から帰って、夜の9時くらいから部屋を真っ暗にして、

    真夜中まで「写真」に耽った。

    翌朝、新聞紙の上に並んだそれらの写真を見ると、なぜか友人達のとは違う。

    教わった通り、何回繰り返しても、どうも違う。

    良くも悪くも、これが個性かと納得するしかない。

    きっと、そのささやかなズレが必要なのかも知れない。

     

     

    ランボオは云う、

    「わたしというのは、一個の他者のことだ」と。

     

    固有名詞が氾濫して、誰々でもあり、そして誰でもない、

    「誰のものでもない行為」だけが取り扱われていく。

     

    「私」を消すことによって「私」が浮かんでくる、

    その「抽象性」こそ、私の映画の向かう方向性になるだろう。

     

    今回の映画は、その「私」のフィルムスケッチと、

    これまで被写体に行った同じ演出を「私」自身に問いかけることにした。

    遠藤彰に撮影をしてもらうことで、

    もうひとりの「私」であり他者でもある「私」が相対し重層する映画にしたい。

     

    さて、これは、まだ思いである。

     

    ★(続)

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