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    ヤマヴィカ映画史22

    October 23, 2017

    (写真:シャルルヴィルのランボオの家にて)

     

    全体的な構造はたてているものの、

    撮影の上がったフィルムを前に、撮る前との差異がつきまとう。

    思うこと、考え方も変わっていく。

    実践にともなう苦悩がいつも作品の種子となる。

     

    この映画は、プライベートな域を越えない、

    その視点が重要だと思っている。

    世の大半のベクトルは反対側にある。

    マイナスのように思われ、

    削られ、消されていく箇所を見詰めることを課した映画は、

    この世では駄作として無視されることになるだろう。

    少なくとも見離されていくだろう。

     

    もし、この映画が、最后のロマンチシズムなら

    「私」は本望だと思っている。

     

    この場に及んで、やっとそこに、

    恥ずかしいほどの、

    純潔センチメンタリズムの、

    「映画」フィルムの束を贈れる思いになった。

     

    もしかしたら、

    プライベートフィルムを撮り続けた、

    1985年から2017年までのなかで、

    つくづく駄目だ、駄目だと

    つまずき、ぶちあたり、転げ廻って得た

    箸にも棒にもかからない

    「私」の映画の顛末なのかも知れない。

     

     

    ★(続)

     

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