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    ヤマヴィカ映画史1

    July 27, 2017

    ランボオを辿ることは、今までの「私」自身を辿ることではないか、

    そんな思いが駆け巡る。

    (写真:『イリュミナション』映画制作メモ)

     

    2010年8月13日。今は無き、東京下北沢南口の古本屋『幻游社』の店頭ワゴンでみつけた、

    埴谷雄高『濠渠と風車(ほりわりとふうしゃ)』のなかに『ランボオ素描』があった。

    1970年。高校生だった私は、田舎町の小さな本屋でみつけた!

    『地獄の季節』アルチュール・ランボオ

    今になって、ランボオの十七歳の錯乱する感受性に、六十五歳のこの「私」を重ねてみる。

    その瞬間を感じとる触覚にも似た、野性的、あるいは霊感的ともとれる

    感覚をふたたび発見する思い。安っぽい歳月の理性などどうでもいい。

    今こそ「極端化と曖昧と神秘化」の方法が必要なのだと独り合点、納得する始末だが、

    はたしてその先は、ただ虚無のなかを漂っているしかない。

     

    そのときどきの原初の感性、本質的な「私」を感じとる<認識>を、改めて思わせてくれる。

    今、つくづく、大切なことだと思っている。

    いつもながら、解り得ないことを見詰めているだけか。

    (続)

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