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    July 31, 2017

    (写真:映画『田園に死す』で自作の指差看板を持つ筆者)

    1974年3月。

    寺山修司主宰の「天井桟敷」に入団した。

    夏の公演『盲人書簡上海篇』を終えた時点で、すっかり懐の底がつき、

    わずか半年で札幌に戻るも、寺山修司長篇第二作『田園に死す』に呼ばれ、意匠工作で参加した。

    例えば、たくさんのかざぐるま、大きな黒子占いのテント絵、

    田園に立つ福助足袋の看板、周りに般若心経を書いた犬の棺桶、

    セーラー服の案山子、皆で作った川に流れる雛壇。

    原田芳雄と八草薫が心中する御堂の内部に、

    醤油や珈琲でモノクロ写真を古ぼけさせて貼ったりもした。

    余談になるが、自分の仕...

    July 29, 2017

    (写真:リヨンのリュミエール広場にて 2016年6月) 

    1972年9月。

    閑散とした真昼の、札幌の繁華街(飲食街ススキノ)にある

    ディスコ「ゴーゴークラブマックス」で

    寺山修司長篇第一回作品『書を捨てよ 町へ出よう』の映画上映会があって、

    胸を震わせながら見た。

    初めて、これが「映画」かも知れない、と実感した。

    いきなり始まったと思うと、観客=「私」に向かって、

    暗闇から現れた若者が青森弁で挑発的に語りかけてくる。

    この映画には、詩と幻想とエロチズムが、そして既成の映画に対する質問が、

    いっぱい詰まっていた。

    中盤あたりだったか、レインコートを着たサ...

    July 27, 2017

    ランボオを辿ることは、今までの「私」自身を辿ることではないか、

    そんな思いが駆け巡る。

    (写真:『イリュミナション』映画制作メモ)

    2010年8月13日。今は無き、東京下北沢南口の古本屋『幻游社』の店頭ワゴンでみつけた、

    埴谷雄高『濠渠と風車(ほりわりとふうしゃ)』のなかに『ランボオ素描』があった。

    1970年。高校生だった私は、田舎町の小さな本屋でみつけた!

    『地獄の季節』アルチュール・ランボオ

    今になって、ランボオの十七歳の錯乱する感受性に、六十五歳のこの「私」を重ねてみる。

    その瞬間を感じとる触覚にも似た、野性的、あるいは霊感的ともとれる

    ...