(写真:「「私」とは、もうひとりの他人である」と書かれたカードを持つ筆者近影)
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ボルヘスの本のなかに「胡蝶の夢」というのがあって、
「私」が蝶になった夢をみたのか、蝶が「私」になった夢をみたのか、
わからなくなってしまった話をヒントに『海の床屋』(1980)という8ミリ映画を
アパートの隣にあった床屋さんを使わせてもらって撮ったが、
そのタイトルのあとに、
「私」とは、もうひとりの他人である。a. Rimbuad
と、入れたことがある。
寺山さんは、「偉大な質問になりたい」と、歌集『田園に死す』のあとがきに書いた。
つげ義春の原作を映画化した『蒸発旅日記』(2003)の打上げの時、美術の木村威夫は、
「山田さん、芸術は一切を否定したところから始まるんだ」と語ってくれ、
私は、その焼き鳥屋の箸袋の裏に、すぐさま走り書きした。
今まで、他者の多くの指針が「私」をかたちづくっている。
いつも、他者のなかに、「私」を見詰めている気がしてならない。
★(続)