「ヤマヴィカ映画史28」

(写真:「ヤマヴィカ映画史2017」手書原稿表紙) くり返すが、フィルム映画を初めて撮ったリュミエール兄弟のリヨンの町を訪ね、 8ミリカメラに収めたフィルムスケッチが、 カメラの故障でつまづき、 真っ暗なローヌ川畔のベンチに腰掛ける。 水面に映る対岸のイリュミナションの揺れる情景を見ながら、 ランボオの啓示を浮かべた。 リュミエールのひかり、ランボオのひかり。 片や、太陽や月といった自然のひかりと 蝋燭や燐寸、映写機や街灯といっった人工のひかりが錯乱する「映画」。 そこにランボオのひかりのような詩篇が頬寄せ、「精神」をたたせる。 異郷の、いまここの「私」の映画が、 果たしてどのようなことになるのか、まだ確信が持てない。 「謎」のままにある。 そして、この展覧会『Les Illuminations:ヤマヴィカフィルム飾書展』もまた、 終わりのない「私」のエチュードなのかも知れない。 ★終わり★

ヤマヴィカ映画史27

(写真:『夢のフィールド』(1990)より 右から湊谷夢吉、山崎幹夫、正木基、著者 『巻貝の扇』撮影風景) 今年のストックホルムの個展では、公開制作のようなことはしなかった。 モチーフになっている写真集『Les Illuminations cinémathèque』の、 未だ完成していない映画について巡ると、 何となく、今までの映画について、 思いつくまま綴ってみようと思った次第である。 書き進めていくうちに、 多くの出会いと、その人たちのちからが、 どれほどそれぞれの映画に反映しているかが思い起こされる。 これらの映画には、他者のなかに鏡のように「私」を見つけたり、 私を感じたり、「私」を教えてもらったり、「私」を気づかせて呉れている。 いつも「私」は他者のなかにいるとの感慨を持つのである。 いつだったか、湊谷さんに、 いつものように大きな不安のなかでじたばたしているとき、 みつけたり、思いついたり、目の前に現れてくる答を得たような実感を話したとき、 湊谷さんは静かな口調で、 「山田くん、それは偶然でもなんでもない。山田くんがちゃんと求めているからだよ。」 と云って笑った。 そんな、湊谷さんが未だ若い無知な田舎者の「私」にとって、 どれだけ心強かったことか。 銀河画報社で映画を始めて40年、 湊谷さんが逝って29年になる。 ★続

ヤマヴィカ映画史26

(写真:コラージュ2017の部分図版) 今年になって、ぼーッとしてはおられない性分のせいか、 これまでのスクラップを眺めつつ、 古本屋で見つけた5ユーロのなんとお徳なボロボロの 1957年発行のDAS GAB’S NUR EINMAL(『ただ一度きり』)という 無声映画時代のモノクロームスチル写真がたくさん載っている本の頁をめくっていると、 急にコラージュをしたくなった。 ハサミで図版を切り抜き、思いのまま貼っていき、 なんとなくいい感じになったら次に取りかかって、 それを時々ダンボールの中から出して眺める。 何んかしっくりこない。 そこで、追加したり、以前のものをはがし、 違う図版をまた貼ったりを何度も何度も繰り返し、 つくづく思ったのは、 イメージというのは辿りつくことがない果てのないもの、 という予感だった。 以前読んだ、タルホの言葉を思い浮べた。 当てにならないもの、どうにもならないもの、ただそれだけのものの 持つ魅力が幼少年的エロティシズムであることを。 独り、部屋でコツコツもの作りをする困難を、今更ながら思い返している。 何を初めても、最初の楽しい気持ちがどんどん遠のき、 不安と無力の宇宙箱でぷくぷくと泣き笑いの小さな息をしているのだ。 つくづく自身の才能の無さを思い知らされながら、 それでもどこか必死にその難関を突破したくて、 もがき転げ、のたうち廻る。 ささやかなひかりを手掛かりに、ふらふらと辿り、 遥か遠くに見える祭りの晩の夜店の、 アセチレン灯に照らされた色とりどりの玩具を見つけた一瞬の歓び似た束の間。 あッ、在処はまだまだ遠い。 夜の仕業に、思い疲れ、いつ

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